Conjunto Roberto Faz の古いテレビ映像を見つけました。
Roberto Faz Y Su Conjunto "Pintate Los Labios Maria"どうやらクリスマスイブに放映されたものらしく、「12月24日おめでとう。」と言っています。何年のものなのでしょうね?と思ったら、コメント欄に「彼の死の4ヶ月前、1965年のものだ。」って書いてありました。
でもって司会者、それに続けて「でもちょっと待って、何であなた達はスペインの衣装着ているの?」と。登場したとき、私はまたメキシコのマリアッチなのかと思っちゃったんだけど、スペインの闘牛士の格好と言うことなのでしょう。
Roberto Faz が言うには、「だってこれから Guaracha を演奏するんだよ。Guaracha を演奏するからには、最後に帽子を脱いでオレー!と言わなきゃならないだろう?」なのですって。Guaracha って、そういうものなの?
そして演奏したのは、10年近く前になるかしら?Eliades Ochoa が歌って大ヒットした " Pintate Los Labios Maria" (
ここ
で試聴できます。"Negrito en la Habana" も Guaracha のようです。)でした。Guajira か Son なのかと思ってたけど、これが Guaracha なのですね。
そういえば、長崎のハウテンボで Charanga Habanera もこの曲をやっていましたね。
Roberto Faz は1914年 Habana 郊外の Regla で Pascual Faz と Angelita Monzón の間に生まれた。13歳で Conjunto Champan Sport 、後に el Tropical y Ricardo Cabana に参加し、マラカス・グィロ・ティンバル・コントラバホなどを演奏した。1930年には父親が結成した Septeto Ultramar に参加、32年より Orquesta Copacabana や Orquesta Continental でヴォーカリストとして活動するようになる。
35年から有名な Cabaret Sans–Souci で Orquesta Hermanos Palau と活動するようになり、その名が知られるようになる。
36年には Radio Cadena Habana y CMQ で Banda de los Hermanos Lebatard のメンバーとして、歌のみならずパーカッションを演奏するようになる。
41年には Hotel Nacional で演奏する maestro Osvaldo Estivill のグループで歌手兼パーカッショニストとなる。ここでは、 Tito Gómez と同僚であった。3年後には Cabaret Zombie Club で演奏する Conjunto Kubavana のメンバーとなり、彼の初レコーディングで Guaracha や Bolero などを歌う。そして、44年、Roberto Espí の Conjunto Casino で、ヴォーカリストとしての名声を得、45・46年にプエルトリコやベネズエラ、パナマやメキシコでツアーをする。そして、Son 、Guaracha 、特に Bolero の歌手として、最も有名なひとりとなる。
56年になると自身の Conjunto を結成し、Orlando Reyes 、 Loelangel Rodríguez とトリオでフロントを勤める。また、 Fernando Álvarez と共に Benny Moré の歌手としても活躍。
彼は生涯に400曲近い録音をし、Son や Guaracha のモントゥーノでの素晴らしいインプロヴィゼーションで人々を魅了し続けた。とのこと。
< 出典 >
La Jiribilla " A 90 años, ROBERTO FAZ MONZÓN"Guaracha とは、元はスペインの舞踏曲の一種 Jácara という喜劇に挿入される歌物語から19世紀初頭にキューバで生まれた音楽。その後メキシコで1950-80年代初めに大ヒットしたそうだ。その踊りは独特で、とても難しいらしい。
< 参考 >
La Jiribilla "LA GUARACHA Y EL HUMOR"el SALÓN de la Música Cubana " La guaracha cubana. Imagen del humor criollo."Conjunto Roberto Faz は現在も活動を続けていて、数年前に Cabaret Las Vegas かどこかのスケジュールに名前が載ってました。が、行けなかったので、どんなだかわかりません。
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