今日は特別にキューバ音楽のお話しではありません。
Sistema Nacional de Orquesta Juveniles e Infantiles de Venezuela と Orquesta de la Juventud Venezolana Simón Bolívar について。
鳥肌が立った。最初の1音で。
人数が多いから?音の量に圧倒されてる?
実際、普通のオーケストラの何倍もの人数が演奏していた。
涙が出た。
なんで?
ドミンゴも泣いていた。
そうか、泣いていいのか。
気軽に観始めた「オーケストラは人をつくる 〜 ベネズエラのユース・オーケストラ 〜」。
オーケストラは人をつくる
〜 ベネズエラのユース・オーケストラ 〜
1時間15分00秒
内 容:
ベネズエラには、地方の町や村に数々のユース・オーケストラがあり、 それぞれがネットワークを結んで「ユース・オーケストラ・システム」を構築している。 その画期的な機能を紹介した音楽ドキュメンタリー。
治安悪化が著しく凶悪犯罪の増加が問題となっているベネズエラだが、 このシステムの出身者からは、犯罪者がほとんど出ていない。 子供たちを音楽に触れさせるという小さなプロジェクトからスタートしたこのシステムは、 今では特筆すべき重要で意義のあるプロジェクトとして、社会的現象となっている。 ベルリン・フィルの最年少コントラバス奏者エディクソン・ルイスや、 注目の指揮者グスタヴォ・デュダメルもベネズエラ出身で、 このユース・オーケストラ・システムから巣立っている。
ドミンゴ、アバド、ラトル、故シノポリら一流の音楽家たちのインタビューを含む本作品は、 勇気、決意、大志そして愛の物語であり、 夢を持つものだけが不可能を可能にすることができるということを我々に教えてくれる。
出 演:
クラウディオ・アバド (指揮者)
サイモン・ラトル (指揮者)
ほ か
[ 制作: 2005年, CinemaSur & Explorart Films (ベネズエラ・ボリバル共和国) ]
ジュゼッペ・シノーポリとプラシド・ドミンゴ、英語話す女の人も出ていた。フルート奏者?
ここ で番組が観られそうだけど、その後に何が待っているのか、面倒くさいので観ていません。
番組ではまず初めに、創始者の
José Antonio Abreu ホセー・アントニオ・アブレウ が日本の視聴者に向けて語る。このプロジェクトには、日本も係わっているらしい。日本の優れた音楽教育システムを讃える。アレのことか?私も小さい頃通ってたよ。今では全く違うものになっているんじゃないかと想像してるけど、校歌(?)は未だに覚えている。「小鳥がね、お窓でね、お首をふりふりしているよ。・・・」行く度に、シールをくれた。
それまで、ベネズエラでは芸術は一部の限られた富裕層だけのものだった。芸術とはそういうものではない。貧しい子ども達に音楽教育を施すことにより、彼らの世界を変えようというプロジェクト
Sistema Nacional de Orquesta Juveniles e Infantiles de Venezuela = FESNOJIV 。
開始から32年(当時)の間にプロジェクトは広まり、現在(当時)ベネズエラには136の教室と200のユース・オーケストラがあり、このシステムにより音楽教育を受けているのは中南米に於いて27万人。今現在(当時)ね。その内子ども達によるオーケストラは60あり、年齢によって分かれているようだ。
そしてその頂点にあるのが
シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ(Orquesta de la Juventud Venezolana Simón Bolívar) 。ボリバル主義の提唱者ボリバルの名を冠しているのは、ベネズエラが国名を変えてからのことなのかどうかは不明。
この教育を受けた子どもの多くが成人してから後進の指導に当たり、またほとんどがその後犯罪とは無縁(犯罪者となることはない)の人生を送っているそうだ。
音に魅入られ、目と耳を奪われて、身を乗り出して齧りつく様に見入ってしまった。姿勢を正して。
観進む内に、ヒントがたくさんありそうな気がして、途中からメモを開始。
以下、メモなので全く完成していません。聴きながら、字幕見ながらメモしてたので。( )内は、あとで補記。1マス下がって書いたのは、私の思ったこと。
*****◆ 女の子が語る。(のちにアブレウが同じことを語る。つまり、その意思(思想?哲学?)は伝わっているということ。)
「奏で闘う」
共調の中で生きる
◆ チェロ弾きの男の子(だったと思う。確か11歳くらい?)
(自宅の2段ベッドの説明をしながら)上には弟、僕は下。どうしてここかと言うと、チェロにいちばん近いから。ときどきお母さんが別のところに置いちゃうんだ。でも僕はチェロが近くにないと眠れない。いつでも近くにいたいんだ。(枕元と壁の間が定位置。)
神様はきっと音楽だと思う。
だって、あんな美しいものを作れるのは、神様だけなんだもん。
(この子は、子ども達が遊ぶ公園でチェロを弾き聴かせる。この子の家に仲間が集まり、一緒に練習する場面もあった。)
◆ 指揮者の言葉(どの人だったか忘れた。たぶん、アバド?)。
Gustavo Dudamel グスタボ・ドゥダメル について。
(彼の能力には驚いた。)オーケストラのメンバーは総勢800人。それを掌握し(導いていた。)
メンバーは皆椅子に座ると足が付かない
コンサートマスターは8歳
楽団員の表情が喜びに溢れていた。
◆ アブレウ
(最初の集まりは)譜面台を25用意したのに、集まったのは11人だけだった。
(やめようと思ったけど、)11歳の男の子がヴァイオリンを手にしたとき、絶対に続けなければダメだと思った。
◆ アバド(だったかな?)
音色は消えることのない指紋。
音楽に対する喜びと情熱は絶えない。
「復活」になぞらえられる。
◆ ラトル
音楽の未来はどこにあるのか?と訪ねられたら、ベネズエラだと答えるでしょう。
凄まじい情熱をほとばしらせている。
マーラーに見せたい。見ているかもしれない。
(子ども達の)内面を満たすのに役立っている。
音楽は完璧を示唆する
完璧に至る道がそこにある
◆ ヴァイオリンの女の子(11歳?)
(バッハを弾きまくりながら狭い路地を歩きまわる。ヴァイオリンを弾くことは日常動作の内であって、彼女の一部になっている感じ。)
新しい世界を発見した気分。
頭の中は音楽のことと学校のことでいっぱい。(悪いことなんて考える暇がない。)
◆ トランペット吹きの男の子(たぶん9歳くらい)
初めからトランペットを吹きたかったんだけど、僕の身体には大きすぎるからって、最初は××をやってたんだ。でもずっとトランペットが吹きたくて、
ベルリン・フィルのトランペット奏者の前でトランペットの演奏したんだ。そしたら僕の音はとても綺麗だって。そしてトランペットをくれたんだ。
ベルリン・フィルのメンバーならそんなことないかもしれないけど、音楽家ってそんなに裕福な人は少ないと思う。実家が裕福だから音楽の勉強が出来たとかあるかもしれないけど。でも、東欧の社会主義体制がなくなったときには多くのオーケストラが財政面での危機的状況に陥ったり、日本でだって公営のコンサートホールやオーケストラが今危うい状態じゃない。そんな中トランペットをプレゼントするって、音楽に対する愛情の深さを感じる。
(この子は海辺の町に住んでいるようで、いつも砂浜にある東屋のようなところで吹いている。ひとりだったり、ふたりでだったり。)
◆ アブレウ(たぶん)
音楽はもっとも高度な次元で社会の発展に貢献できる
結束や強調
音楽は人を結び、
(子供たちの)人生を豊かにするだけでなく、人生そのものを救っている
忘れてはならないのは、音楽が自己完結するものではなく、常に何かと繋がっている
この子ども達にとっては音楽が全てであり、その思いが伝わってくる、それが人々を感動させる
音楽の存在の大きさ
オーケストラは聴衆の意識を変えるが、奏者自身の変化を生む
◆ トランペットの男の子(上と同じ)
トランペットとひとつになる気がする
そのときの感情が音に表れる
嬉しいときには嬉しそうな音、怒っているときには音も怒る
どんな曲でも心をこめて吹けばそれが音に表れる
そこで気付いた。その子は盲目だ。
そういえば、冒頭に点字の楽譜を指で読む場面があった。
(トランペットの)音と形と手触りが好き
◆ ある教室の教師(?)
障害を持つ子を社会に参加させる
(始めたとき、人々は我々を馬鹿にした。)「耳の聞こえない子どもにどうやって音楽を教えるのか」と。我々はその常識を打ち破った
(身体的障害ではなく知的障害のあるメンバーもいる。)
白い手袋の合唱団
号泣(大げさ)しているところでティッシュがなくなって困る。
リズムは理解していると思う。
そのリズムに乗って、漂う手。たぶん手話。
中には口も動かしている子もいる。
彼らの手は、雄弁に表現している。
ベルリンフィル最年少のコントラバスは、町中の自慢 カラカスのどこか
◆ コントラバスのエディクソン・ルイス
新しい家族の一員になった気がした
とても暖かい家族の一員に
魂に触れ、人そのものを変えることが出来る
あらゆる芸術の中にそういった力がある
◆ 最初のメンバー達
最初の練習は教室だったけど、顔合わせは駐車場だった。
このオーケストラはベネズエラに留まらず、世界中に羽ばたくだろう
子ども達に受け継がなければならないと言われた
みんなの夢の集合体
ひとりひとりの力が合わさったから、ベネズエラは音楽の国になれた
やればできるのだという確信
確信は全員の心に根付き
決して止めることはできない
◆ アブレウ
当初からその音色は人々に訴えかけるものを持っていた
音楽以前に人間として「謙虚」でなければならない
その「謙虚」を受け継いでいかなければならない
ハイデガーは「人生は海を泳ぐ様なものだ」と言った
魂の鼓動
鼓動が音楽に昇華し、
意思と魂と精神の
言葉で表せない何か、感覚的に受け止めるしかない
魂の鼓動は音楽、彫刻、小説、映画
自らの存在の根幹
◆ ドゥダメル(オーケストラの子ども達に向かって)
時間は相対的なもので、時間は空間にある
それを掴み取る
ドゥダメルは、若くて(現在27歳)かわいくて(写真見て見て!)才能豊かな将来を嘱望される指揮者。去年9月にはベルリン・フィルで指揮をし、ピアノのバレンボイムと共演。すっごかったらしい。指揮者でもあるバレンボイムも彼を絶賛している。
◆ ラトル
上達が早いのは、子ども達が物事は簡単にいかないことを知っているから、非常に努力する
そしてもうひとつ、彼らには他人を批判する習慣がなく、誰かがミスをしても責める者はいなくて、ミスはみんなで笑い飛ばす
喜びを共にしている
(ヨーロッパ各地やベネズエラの大きなコンサートホールで大物指揮者のコンダクトによる演奏風景やベネズエラの小さな村の小さな教会(?)でのコンサート風景。)
どんな小さな街にでもオーケストラがある、これほど価値有る国があるでしょうか
それは1-2世紀先にも、永遠に続く価値ある文化
*****こんな断片の数々から、何かを読み取っていただけましたか?
何か見つかりましたか?
クラシック音楽とあわせて、ベネズエラの音楽教育もしているようで、ベネズエラのものかどうかわからないけどそれっぽい歌を家族の前で朗々と歌い上げる男の子もいたし、ラウーではないかと思われるギターを弾く盲目の青年ふたり組もいた。
プロジェクトは、ベルリン・フィルの首席指揮者・芸術監督であったアバドの支援を1999年頃から受けていたようで、ベルリンに招かれての演奏の機会を得る。その後もベルリン・フィルのアバドの後任であるラトルをはじめ多くの著名な音楽家からもレッスンや共演等の支援を受けているようだ。
このシモン・ボリバル・ユース・オーケストラは、ベネズエラ国内のみならず、ヨーロッパ各地でも演奏している。法王(教皇?どっちが正しいんだっけ?)の前でも演奏した。南米のユース・オーケストラに凄いのがあるって聞いたことあるけど、このオーケストラのことだったのかな?
この放送でもドゥダメル以外にラトルやアバド、シノーポリのような著名な指揮者の指揮でも演奏している。上のラケルの言葉は、ラトル指揮で彼らがマーラーの交響曲第2番 "復活" を演奏したときのものだ。アバドの指揮ではチャイコフスキーの "ロミオとジュリエット" 。
バーンスタインの曲では、のだめのSオケのように演奏しながら踊ったりもした。シンフォニック・ダンスというものらしい。
とにかく凄い。
冒頭に書いたように、場合によっては合唱団と合わせて800人という普通のオーケストラよりもはるかに多い人数で演奏していて、その音の膨らみによる力もあるかもしれないけれども、それは逆に揺らぎやブレを生んでしまうかもしれない危険も併せ持っている。ところが、彼らの音楽は見事にひとつに纏まって、訴えてくる。
音楽って素晴らしい。幸せ♪
音楽への深い愛と共に生きる子供たちの喜びに溢れた姿がとても美しかった。嬉しかった。
グスタボ・ドゥダメル指揮のシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ名義でこれまでに2006年に録音された2枚の CD を出している。
Mahler: Symphony No. 5
Beethoven: Symphonies Nos. 5 & 7
私はまだ観ていないけど、YouTube にもたくさん映像がある。
どうやら1ヶ月ほど前に
「〜音楽は青少年と社会をどう変えたか〜」と題されたアブレウのトークセッション が日本で行なわれた模様。行きたかったなー。スペイン語だし、ちょっとわかったかも?
いらした方のレポート によると、どうやらこのシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ、来日しそうです。チケット安いといいなー。
ラトルは、ベルリン・フィルとこんな試みもしています。これも NHK で以前放映した。
ベルリン・フィルと子どもたち コレクターズ・エディション
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