"
Sigo teniendo la última palabra " のコメント欄をお読みくださった方はご存知でしょうが、
100% PUERTO RICO の mofongo さんが "
Juan Formell インタビュー " で、ご自身のアンテナに引っかかったインタビュー内容について訳文と共に引っかかったことについてお書きになっていらっしゃいます。
訳文は素晴らしいですし、私はあっさり素通りしてしまったことについてだったので、そうかー、、と思ってから、うーーーん。。と唸ってしまいました。
mofongo さんがお書きになったことの一部について、喧々囂々の論議がされているサイトもご紹介いただきました。
その
cuba encuentro.com では "Juan Formell dice que los músicos 'se pasan hasta tres meses sin actuar' en la Isla por culpa del embargo" − Juan Formell が「ミュージシャンは経済封鎖のせいで3ヶ月仕事無しで過ごしている」と言う − というタイトルで、"Sigo teniendo la última palabra" からの抜粋を紹介しています。
すっごい超訳だよねって思う。あの記事自体がとても扇情的で、書き方に問題があるのではないかと思うのです。
2つの言葉を併せると、タイトル通り「ミュージシャンはエンバーゴのせいで3ヶ月仕事がない」ってことになるのかもしれないけど、そうは言ってないでしょうって思うのですよ。embargo って言葉自体使っていないし。まぁ Juan が使った言葉 bloqueo と同義でどちらも経済封鎖のことを意味するのだけど。
インタビューの別の場面で「歌詞を裏読みしてダブルミーニングを読み取り解釈したければ、勝手にして下さい。」というようなことを言っているので、そう解釈したければ、そう解釈することも出来るとも思うのですが。
この意図的ではないかと思える超訳により、Juan を罵る人や、よく言った!と言う人のコメントがたくさん入っています。
私は、キューバ音楽が世界市場で売れないのは、Embargo のせいだとは思っていません。米国でキューバ音楽を扱うのはとても難しく、その障壁がなければ今よりは知られるようになるとは思いますが。米国で知られることは世界中で知られることに繋がり、新たな道が出来るかもしれませんが。
ラテン人口が多い米国でサルサを踊る人が凄く多いわけでもないし、日本でサルサを踊る人の内キューバ音楽を好む人の割合が低いことを考えても、米国でサルサを踊る人がキューバ音楽を知っても寄りそちらを好むようになるとは思いません。
ただ、別の方面へのアプローチはあると思うのです。そういう面では、新規開拓の可能性は、アプローチの仕方によっては大きくあるかもしれません。
また、これまで Juan は政治的な言動を極力避けているように感じていました。この "Sigo teniendo la última palabra" でも、決して論争を生むための発言をしたとは思いませんし、政治的意図があったとも思いません。
ちなみに、Juventud Rebelde には
英語版 がありますので、こちらならスペイン語をご存知なくても読めると思います。
文字いっぱいあるけど、中学校で習った文法と辞書さえあれば、英語が苦手でも頑張れば読めます。
私が読み流してしまったのは、おそらく Juan が現実を語っているから。実際そうだなと私が思うことを語っているから。だと思うのです。
初めてキューバに行ったときから、中堅以降のグループの音楽を聴ける場所がないっていうのをとても不思議に思っていたのです。普通観光客が行かないような場所にも行くようになって、探せばもっとあるのかもとも思うのですが、それ以上ないような気もするし。
それでも、そういうところで演奏しているのは、日本でも名が知られているグループで、ミュージシャンはたくさんいてグループももっとあってもいいはずなのに、と思います。デビューの機会もないのかもしれません。
Jazz ミュージシャンが、「演奏する場所がないんだよ。」と言ってたけど、Bailable に比べて Jazz の方がもっと厳しい状況だと思います。
ホテルやレストランなどの箱バンもありますが、そこで彼らが本当にやりたい音楽をやっているのかどうかは、いまいち疑問に思います。
ただ、収入がないということはない。
政府がミュージシャンであると認めれば、それだけで収入はあります。
たぶん、月20CUC くらいじゃないかと想像している。あくまでも、私の想像。とある Rumba のグループが政府に音楽グループとして認定してもらう手続きをしていて、そのメンバーが「認定されたら今の仕事を辞める。」と言っていたからです。おそらくその職業よりも収入が良いのでしょう。
その収入とは別にギャラがあり、観光客がお金を落とす場所で演奏が出来なければ、ギャラは少ないでしょうねー。。
観光客向けのところであっても、中堅どころのあるグループのリーダーは、「あそこはギャラが少ないからもうあそこではやらない。」って言ってましたけど。そういう心構えかーって思いました。
キューバ国民が踊る場所がないと言うのは、国の政策のせいでもあり、ギャラが少なければやらないと言うミュージシャンのせいでもあると思う。
まぁ、ミュージシャンには義務もあるので、国民のためにやれと言われればやらなくてはならないはずなので、やっぱり政策の問題なのか?
以前はマチネーのキューバ人料金て、キューバ人にも支払える程度だったらしい。もっと以前は、夜のライブにも行けたそうだ。それが今は、マチネーだって正規の収入ではとても行けない金額である。月収の1/4とか1/2とか月収以上とか。そんな感じ。
全て国営企業が運営しているのだから、そこで儲けようと考えなければもっと安く出来るのではないでしょうか。
一昨年くらいから一部を除いて多少安くはなりましたが、それでもキューバ人にとってはとても大きな金額だし、その代わり人気のあるグループのエントランスは値上がりしました。
たぶん、安くするとキューバ人が増えて観光客の足を遠のけてしまうからということでしょうか。
でもまぁ、市場で売られる野菜以外は正規の収入で手に入れるのは難しく、生きていくことは出来るけれども "贅沢品" は正規の収入しかなければ購入できない現状で、ライブに踊りに行くっていうのは凄い贅沢なことであると定義しているのでしょう。
Rumba はけっこう安いんだけどねー。。
ミュージシャンは、人によるんだけど、儲けることに一生懸命な人もけっこういるように思う。
これはまぁ、ミュージシャンじゃない人もそうだし、世界中にこういう人はいますよね。
以前「Cubanismo を知っている人がキューバにはいないよね。」ととあるミュージシャンに言ったところ、「けっ、あれは金儲けの為のグループさ。キューバでなんて演奏しやしない。」と言ってました。
ミュージシャンが海外に出るのは、キューバでは演奏する場がないという理由もあるけれども、キューバで演奏するよりもお金になるからってことでもある。
普通のキューバ人が正規に得られる収入よりも多くを求めることが出来る手段を持っているから、それを行使しているってことでもある。ミュージシャンやダンサーであれば、そうでない人に比べて海外がより近くにあるのだ。
洗濯機が欲しい車が欲しいと思えば、2年くらい海外に行きさえすれば手に入れられるから、海外に行く。
それはね、実は医師の海外派遣も同じ。海外派遣されて帰国した医師は、みんな車買うもん。
これは、キューバの経済の問題。
cuba encuentro.com のコメントにあったのですが、Juan Formell は Nueva Trova をやっているわけではないですよね。
私は昔の曲を知らないので以前がどうだったのかはわかりませんが、Juan も「時代は違うし人々は変わる」と言っていたように、人々は Bailable な曲に Nueva Trova な内容は求めていないと思います。
世界中の Pop で、愛だ恋だではない歌って、どれほどあるのでしょうかね。 たぶん Los Van Van の恋に関する歌とそうでない歌の割合と、そう変わりはないのではないかと思う。ってなわけで、この件に関しては、全く疑問に思っていませんでした。キューバ人(ラテン人)は、Música Romantica が好きですし。
KLIMAX がキューバで人気がないのは何故?という疑問に、何人かのキューバ人は言っていました。「歌詞が良くない。」「ロマンティックじゃない。」と。
Pobre Diabla が流行っていたときに、小学生達は替え歌を歌っていました。
「可哀想な Diablo 、女達は着飾りたくて外国人に身体を売る。可哀想な Diabla 、男達は金欲しさに年増の外国女を引っ掛ける。」
あの私外国人なんですけど、私の前でそれ歌う?って訊きましたよ。
その母親に「小学生があんな歌を歌って。」と言うと、「あらだって、本当のことじゃない。」と。
時代を反映する歌は、Reggaeton や HipHop 、Rap 、そして Nueva Trova の方が合うと思います。
・・・と思ったのですが、
1998年の Juan へのインタビュー に、"Los Van Van はキューバの現実年代記でありましたが、 Nueva Trova のような社会的な歌と正反対ですよね? música bailable が成功しましたね。" という質問に、"どちらが優れているということではなくそれぞれに特徴があります。Nueva Trova が歌うべき歌がある。" てな感じで答えてる文を発見しました。たぶん。何で私西和辞典持っていないんだー!!
うーん、、、社会的ではなく時代を反映してきていたわけね。
でも、何と言うか、、今の Calle の声は。。。
経済の問題は、とても大きいと思う。
人々の心を荒ませていると思う。
そんな Calle の声をすくい上げるのは、とても難しいと思う。
それは mofongo さんが考えていらっしゃるようなことに繋がるかもしれない。
ただ、Soneo インプロビゼィションがある。
ライブで、観衆に語る、呼びかける。人々はそれに応える。これは、たぶんとても重要なことなんだと思う。
本当に、つくづく現状を率直に語っているように読めました。
ただ、その現状から何をどう感じどういったアクションを起こすのかは、私なんかが思いもよらないことでしょうし、mofongo さんのおっしゃるように、Juan の言動が始まるのかもしれません。
このところ Los Van Van がマチネーで演奏しているのは、そういうわけがあるのかな?ということは、インタビューを読んだときに思いました。
マチネーであれば、それでもやっぱり正規の月収の半分位するでしょうが、25CUC よりはキューバ人が行き易くなりますし、スーペルマチネーでは、前座が出ることもあるのです。
私が観たのは、Manolito の前座に Tumbao Habana が出ていたのですがね。彼らはピンでも Casa de la Música でやっていますね。
Juan が私が気付く範囲で何かしたということは、これまでありませんでした。私はキューバ音楽を知ってまだ日が浅いので、長い歴史の上ではいろいろあるのかもしれません。
それは彼のビジネスの一環なのかもしれませんが Abdara スタジオを作ったのって Silvio か Pablo でしたよね。Juan がそういった目に見える形での還元をこれまでしてきたのだろうか?っていうのは、何年か前に考えたことです。
ところで、映画の Habana Blues ご覧になりました?
先行きが見えないのはキューバ音楽だけではなく、キューバ自体です。と思う。それは、日本も同じ。
私は、Los Van Van は、人々に喜びを与えるグループだと思っています。
Los Van Van が方向を示せるような世の中ではありません。と思う。これも、日本も同じ。
友人は、「食べ物の心配さえなくなれば、人々は不平を言わなくなると思うわ。」と言ってました。
でも、贅沢の存在を知ってしまったキューバ人は、本当に不平を言わなくなるのかどうか、私にはわかりません。求めるものは、人それぞれですから。
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