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2008/09/30 (Tue)
 Jerry González y el Comando de la Clave


思いがけず YouTube に UP できてしまった。
AVI を MPEG に変換したら、データの大きさが1/3以下になってしまって、画像が非常に悪いですが。しかも、UP するのにたぶん10時間以上かかった模様。待ちきれなくて寝ちゃったから、わからないけど。ほら、相変わらず、PHS 回線だから。。もう当分どこにも行けないので、光か ADSL 導入致しますわ。
なので、動画はたくさんあるのだけど、まだ1本のみです。そして途中で SD カードのメモリがいっぱいになってしまったので、中途半端に終わっています。




Jerry González y el Comando de la Clave


この Jazz Festival はスペインガリシア地方の Monforte de Lemos というところで行われた NOVAS MÚSICAS というもの。ガリシア地方なので、パンフレットは当然 Galego (ガリシア語)でしたが、読めば意味はわかりました。
Monforte de Lemos がどこにあるかというと、行ってから知ったのですが、Santiago de Compostera から車で1時間半ほどのところだと言われて、ひっくり返りそうになりました。Madrid からは遠い遠い。飛行機で行ってもいいくらいの距離です。Madrid はスペインの真ん中辺りにあるのですが、左上端ですよ。 仮眠してから帰ることになったとき、「電車はある?バスは?」と訊いたのですが、Madrid には1日1本の電車があるそうで、午前0時くらいに出発して午前中に到着する便があったのだっけなー、、忘れちゃったけど、それに乗るためにはライブを途中で抜けなければならないという、本末転倒なことになってしまうので、諦めました。
巡礼の道沿いだそうです。なんて言うのかわからなかったのだけど、現地の人に「Parte de Camino なの?」と訊いたら「そうだ。」と言ってたのでね。"Camino" で正解だったようで。"El" が抜けちゃったけどね。

Gira Jerry 1

町の外側から。いったん町に入ってから会場に向かう車中より。
会場は、橋を渡って町を出たような感じのところにあった。

周りに何もないような山間の 小さな町 (と思ったけど、人口2万人近くあるそうです。)で、歩いて1周出来てしまうようなところ。町に入るとすぐに丘の上のお城(教会かも?)が目に入り、古い橋がかかった静かに流れる豊かな川沿いの穏やかな感じのところ。でも歴史はローマ時代以前から続くらしい。たぶん。

スペインではかなり小さな町でも普通にジャズ・フェスを行うところが多いそうで、Madrid の友人に「ジャズ・フェスがあるから飛行機の便変えようかなー。。」と言うと「スペインでは山程ジャズ・フェスがあるのよ、そんな特別なものじゃないわよ。」と言われてしまいました。羨ましいですよー。
NOVAS MÚSICAS もそんなジャズ・フェスのひとつで、町の依頼で主にガリシア地方のジャズ・フェスを取り扱うイベンターがオーガナイズしたものだそうです。
Jerry の2日後には、現在ガリシアの Curuña という街に住む Calixto Oviedo もライブしました。観てないけど。

Gira Jerry 2

端の男性は、運転手さん、なのか?Jerry の世話係なのか?
この5人と1日ツアー。

一行は長旅にもかかわらず、到着するやいなやセッティング・リハーサル・音合わせを開始。PA の音出しには、かなーり時間をかけて厳しい注文を出していました。

ホテルでの休憩後、集合時間に Jerry が現れない!主催者サイドの方、かなりイライラしてました。ようやく現れた Jerry を急かし、会場へ。到着するともう押せ押せな感じで、テレビ放映のための撮影(?)が入っているそうで、合図を待ってステージに上がって欲しいそうで、慌てて彼らをステージ脇に連れて行こうとしていて、ほげー、、私はどうしたらいいの?と思ったところ、Caramelo が「彼女がちゃんとステージが見られるようにアテンドしてくれ。」と頼んでくれて、脇ですが、最前列で観ることができました。
会場は、公民館のホールという感じですが、かなり広くて設備も新しい。座席もちゃんとすり鉢状になっている。音楽学校の校舎内なのかな?と思っていたのですが、どうやら本当に公民館のようなものみたいでした。名前からすると。

ライブは、全く手抜きのない演奏で、めちゃくちゃかっこ良かったです。
Jerry のコンガは、以前一緒に Blue Note Tokyo のライブに行った友人の言ですが、「何なんだ、あれは。」。長い腕大きな手をぶんぶんと振り回し、どかどかと叩く。それがまた非常に気持ちの良いところにぱかすか入ってくる。凄腕のトゥンバドーレスと言えば、早打ちの綺麗に音が響く人々が有名ですが、Jerry は全く違う。軽くカルチャーショックを受ける演奏です。
トランペットは、ここで初めて感じたのですが、まるでパーカッションを演奏するように吹くなと。リズムの取り方がなのでしょうか。なんとなく、そう感じました。

あとはもう、皆さまが動画を観て感じてください。
近々再び10時間かけて、この続きや他の動画、Clamores でのライブ動画も徐々に UP していきます。のつもり。AVI をデータの劣化なしに別のファイルに変換できる方法ご存知の方、教えてくださると嬉しいです。UP に24時間かかっちゃうかもしれないけど。。

ライブは22時45分くらいから0時過ぎまで、アンコールを含めて1時間ちょっとでした。
ツアーに同行させてもらったのも含めて、飛行機の便を変えて良かったー!と大満足の内容。
ちょっと時間に記憶違いがあったようで、現地到着は19時頃。リハが終わってホテルに向かったのが21時。22時集合で会場に向かったようです。お食事しに行ったのは1時半、ホテルに戻ったのが2時半過ぎで、ホテルを出たのは5時半だったのかな?町散策したのが日暮れ時だったので、誤認してしまったみたい。21時ころでした。

ライブ後は、Jerry や他のメンバーに挨拶しに来る人、サインを貰ったり写真を撮ったり、みんな疲れているだろうに、そういう人たちと楽しそうに過ごしてました。私はもう、寒くて眠くて。しばらく控え室にいたのですが、メンバーは廊下、控え室には Jerry と Jerry に会いに来た人が集っていて、居所がなくて車に戻ったら楽器を積むってんで車のドア開けっ放しで、めちゃくちゃ寒かったです。北の方だからね、暑~い Madrid で過ごす服装だったので。

気候ですが、Madrid はとても暑く、私が到着する前の週には44℃を記録したそうですが、乾燥しているのでそれほど辛くはないです。イタリアは、湿度が高くて、35℃くらいでしたが非常に辛かったです。

Gira Jerry 3

おじさんたちのテーブルの向こうにあるバーカウンターでは天井からいろいろハムが釣り下がっている。
入り口には、果物の水煮(なのか?)とか、地元の名産品が並ぶ。
Caramelo がジャムかはちみつ買ってたかも?私も欲しかったけど、重いから。。


その後レストランに移動して、お食事。
地元のトラディショナルなお料理(美味しかったのは覚えているのだけど、どんなものだったか忘れてしまった。。なんか、どろどろしたものだったような。)と思われるものを一皿いただいた後、いろいろハムサラミの盛り合わせ。めちゃくちゃ美味しかったですが、けっこう奪い合い?遠慮しつつ、全品制覇。チーズ盛り合わせは、全品制覇できなかった。不覚。。。
甘い物好きのキューバ人たちですもの、勿論デザートもいただき、締めのカフェも。

Gira Jerry 5

この炎は、お酒。度数の高いお酒に果物を入れて、燃やしているの。
飲んだら、食道からして燃えそうに強かった。甘くて美味しい赤いお酒でした。
飲むと子宝に恵まれるそうな。。


レストランの別棟では、Jerry のライブを観てきたのであろう人たちが続々と集まり(1時過ぎですねん。)、Jazz のセッションが始まった。そういうお約束だったらしく、カフェが出てくる頃 Jerry が別棟へ。Caramelo は「ピアノはあるのか?」と気にしてましたが、結局演奏はせず。
その前からけっこう盛り上がっていたのですが、Jerry の登場に、一同大喜び。もちろん演奏してる人たちも大喜びで、代わる代わる Jerry との掛け合いを楽しんで演奏しました。一生の思い出になることでしょう。

Gira Jerry 4

これって既に午前2時半頃。眠そうな人もおらず、大盛り上がりです。
老若男女、50人くらいいたかも。おじさんたちが、かなりご機嫌でした。


私もね、一生の思い出ですよ。ステキな23時間でした♪
帰りの車から見た朝焼けも、素晴らしく美しかったです。ご来光も拝んだし。


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2008/09/26 (Fri)
 Abanico



YouTube で Changuito,Tata guïnes, Poncho Terry en el ISA (1) を観ていて思い出した。あ、ちなみに Poncho Terry じゃなくて Pancho Terry ね。Tata guïnes じゃなくて Tata Güines ね。思い出したっていうより、書かなきゃって思ってたことの一つ。

Jerry González の1日ツアーに連れて行ってもらったときのこと。メンバーは、Caramelo と Alain PérezKiki 。お昼ご飯を食べていると、バテリスタの Kiki が言い出した。「最近 Abanico が間違った叩き方をされている。」と。
Abanico とはスペイン語で扇子という意味で、Danzón から ChaChaCha に展開するときのティンバレスの音が扇子を広げる音に似ていることから、その展開部分の叩き方を Abanico と言うのです。
タン・タタタタ・タンって感じなのだけれども、そのタタタタは、スティックを1回太鼓に落としただけで鳴らさなきゃならないのに、両方のスティックを細かく叩くことによって鳴らす人が増えたと。
「同じように聞こえるかもしれないけど、あれは間違いだ。」
たぶん、たぶんたぶん、プロのパーカッショニストなら誰でも知ってるんじゃないかな?そのスティックを1回落としただけでタタタタと音を出すってのも、日本でなら小学校の鼓笛隊でもやり方を習うはずのことで、基本中の基本の叩き方なのではないかと思うのだけど。。
でも Kiki がそう言うなら、そのように間違った叩き方をしている人が多いってことなのかもしれません。欧米では。

そのツアーバスは、バスっていうより9人乗りのバンですが、楽しかったですよ。道中皆ほとんど寝ていたのですけどね。Jerry González は、寝ているのか起きているのかわからないけれども、ずっと彼の貴重なコレクションのテープを大音量でかけっぱなしで、Alain は誰かと電話で話すことが多くて、そのたびに「音量を下げてくれ。」と何度も頼み、音量を下げたとたんに Jerry が音量を上げ、「だから!電話中だと言っただろう!」音量を下げて30秒も経っていないのに、Jerry は「まだ話しているのか?!」って感じだったり。私としてはその貴重なテープ、楽しかったんですけどね。メンバーも時々「これは誰の演奏?」と訊いたりしてたのだけど、最後には「ずっとパッパラパッパラ聴いていられない!」と Alain と Kiki が不満を爆発させたり。Kiki はずっと自分の i-Pod で何か聴いてたけど、それでも耳障りだったようで。。

Jerry はのんびりした人で、いつもご機嫌。すごくマイペースで、そのツアーも Jerry のペースで出発時間も帰るための出発時間も変わってしまった。

ツアー当日、8時出発と聞いていて、その前に Caramelo が迎えに来てくれるはずだったので、帰ったのが2時過ぎにもかかわらず6時には起きて7時過ぎには出かけられるように準備していた。そして Caramelo には「準備 OK 。いつでも出かけられるよ。」と携帯にメッセージを送ったのだけど、返事が来ない。8時前に電話もしてみたのだけど、留守電になっている。9時過ぎて、「置いていかれた。。。」と思ってとぼとぼと外出。そのうち私の携帯がつながらなくなってしまったので、もう恨み言を書いたメッセージも送れない。。で、街を彷徨っていたところ、Vodafone があったので、「つながらなくなっちゃったの。」と言って直してもらった。ら、Caramelo からたくさん電話が入っていた。で、慌てて電話したら、「今どこにいる?これから迎えにいくから!」と。既にメンバーは集合しているそうで、行きがけに私を拾うことになったらしい。既に11時過ぎてたんだけどね。
で、待ち合わせ場所に、徒歩10分なんだけどタクシーで飛んで行った。30分以上待たされた。それだったら、ホテルに置いてきた貢物に用意した3年物の Habana Club を取りに戻ってから来ても、充分間に合ったではないか、という感じ。結局出発は12時前でした。

泊まらずに帰るはずだったのに仮眠をとってから帰ることになったとき、ホテルにはメンバー分の部屋しか用意されておらず空き部屋もない、そしたら主催者が「Jerry の部屋はダブルだから、変えてもらえば?」と。Caramelo の彼女と勘違いされてた模様。Caramelo は、「僕が Jerry と一緒に寝るから、まさこは僕の部屋を使いなよ。」と言ってくれたのだけど、「それは Jerry に申し訳ない。」と。でも「Jerry は音楽にはうるさいけど、それ以外のことは広い心を持っているから、ぜんぜん気にしなくていいよ。」と言われた。確かにそんな感じで、言えば気軽に OK してくれただろうなと思う。結局、私は前日もほとんど寝ていなくて、「寝たら明後日まで寝ちゃうと思う。」と言って、ホテルのロビーで過ごすことにしたのだけど、ロビーと言っても1メートル半くらいのフロントデスクに二人掛けのソファーがあるだけの場所で、ホテルの人が2階にあるコンベンションルームみたいなところを使わせてくれて、毛布を持ってきてくれた。
翌日私がベットで寝なかったことを知った Alain が Caramelo に「アテンドが悪い!」と言っていたので、それはそれで Caramelo に申し訳なかったなーと思ったりもしたんだけど。
ずっと「まさこは僕のゲストとしてツアーに同行しているのだから、何の遠慮もしなくていいんだからね。」と言ってくれてたし、途中のお食事も全てツアー経費で賄われたみたいで支払わせてくれなかった。

話は前後するけど、昼食は、どうやらその地方の名物らしいステーキを Jerry を除く3人と運転手さんがオーダーしたのだけど、30×20×2センチくらいある大きなステーキはレアで、Alain と Caramelo は焼き直してもらったにもかかわらず、ミディアム・ウェルくらいに焼かれた肉も「赤い!焼けていない!」と言って、Caramelo はほとんど食べられなかったのがかわいそうだった。Kiki のは最初からミディアムには焼けていたみたいで、少し切り分けてあげたりしてたんだけどね。Alain も多少は食べてたけど、やっぱり赤い肉はダメみたいでした。味見させてもらったけど、日本人の私には不味い肉でしたし。Jerry の食べてたお魚のムニエルがいちばん美味しそうだった。私は何を食べたか、忘れちゃったけど、1プレートランチのようなもの。ツアーには同行できないと思って宿を出たので、あまり手持ちがなかったから、安いのにしちゃったのであった。気を使わずになんでも好きなものを食べなさいと言われてたんだけどね。
急いでいると言う割りに、デザートまでの、けっこうフルコースっぽく食べてました、みんな。勧められるがまま、私も。
邪魔にならないようにいつも一足先の行動を心がけていたので、やたら感心された。キューバ人とかあまりしないことだからね。たぶん、日本人くらいしかそういう心遣いする人種っていないんじゃない?

車中では、大阪在住本物の Charanguero 、Viti の話も出ました。「Viti を知ってるか?」と。「奥様とは Web 上で交流があって、Madrid のライブ情報も Viti がお友達に問い合わせてくれたりしたんだけど、会ったことはないんだ。」と言うと、ちょっと残念そうだった。いやはや、この場を借りて Viti と hiroko さんにお礼を申し上げます。
ついでに、「Alain は MySpace を持っているし、Viti も Melon も持っていて、MySpace 上でメッセージのやり取りもしているのに、Caramelo はどうして持っていないの?ライブ情報探すの、大変だったんだからね。」と言ったところ、「いや、来週には作るよ。」と言ってたのだけど、たぶんまだ作っていないんだろうな。

Alain と Caramelo は、Issac Delgado の日本公演で来日したことがあって、Sr.Murakami の話になった。「ここ数年は、Bamboleo ばかり招いているよ。Tania がすごく気に入っているみたい。」と言ったところ、後ろから Alain が「ちょっと待て!まさこは Bamboleo が好きなのか?!」といきなり。「私は、Vannia の時代の Bamboleo がすごく好きだった。」と言ったところ、「Ahora si.」ですって。最近の Bamboleo は、彼らにも評判悪いようで。。。そうそう、Alain は去年の Paco de Lucia 公演でも来日したそうです。
Kiki は、本名を Enrique Ferrer といい、Elmer Ferrer のお兄さんなのですって。吉祥寺にあった懐かしの Habana Club で数ヶ月間演奏していたそうで、日本にはステキな思い出があるそうです。後日おうちにお邪魔したら、中国人が書いた「愛」と「和」色紙があって、Caramelo に「Amor」と「Paz」だと自慢してました。キューバ人には珍しく猫好きで、猫を飼っています。

ツアー翌日は Madrid 内でホテルを移動する予定で、チェックアウトの11時に間に合うか不安でたまらなかったのだけど、無事11時頃チェックアウトすることが出来ました。その不安でたまらないのがすごく伝わっちゃったみたいで、「安心して、仮眠のための部屋のことは何とかなるから。」と、「いや、不安なのは、Madrid のホテルを11時にチェックアウトできるかどうかってことなの。」と何度も言ったのだけど、部屋のことを心配しているんだとずっと誤解してたみたい。万が一一緒の部屋に寝ることになっても、襲われない自信はあったんだけどね。そういうことする人だとは思わないし、Caramelo は宗教上女性とそういうことをしてはいけない時期にあったから。何故それがわかったかというと、現地に到着してリハーサル後ホテルで一休みってことになったとき、「まさこ、僕たちは友達で、友達として同じ部屋で休むけどそれ以上の何もないから僕の部屋で休みなさい。」と言われて困っていたら、Alain に「Caramelo は危ない男じゃないし、ほら、白尽くめの服装だろう?宗教上今はそういうことできないから、安心しなさい。」と言われたので。そーいえば Boris が「Caramelo は Santeria の儀式を受けるためにキューバに帰っている。」って言ってたなーと思い出したのであったよ。

計23時間弱の強行ツアー、その後体調がぼろぼろになったのは、言うまでもないこと。
なんたって、12時出発、途中昼食とって、19時現地到着、リハーサルして小一時間休憩、休憩時間中、私は人生で2度と行かないであろうその町を散策後背中に故障を抱えている Caramelo にマッサージ、21時半からのライブ後0時過ぎから夕飯、2時から4時まで休憩して4時半には現地を出発、Madrid には10時半くらいに到着っていう、すごいツアーでしたから。Jerry はその日、NY へと旅立ったのだよ。
ホテル移動後は丸1日ホテルで寝てたし、夜な夜なライブには出かけたけど、昼間はホテルにいることが多かったなー。またしても美術館めぐり、出来ませんでした。公園のお散歩は2箇所でしたけど。

ライブの模様は、臨場感溢れる映像と共にご紹介します。誰か AVI 動画を YouTube に UP する方法教えてくれたらね。MOV とかに変換すればいいんだけど、変換ソフトが使えなくなっちゃったんだよね、何故か。。


clasica | trackback(0) | comment(0) |


2008/09/25 (Thu)
 Changuito con Batá


昨日帰ってきました。

帰ってきて早々別の件ですが、時差ボケの中 YouTube でかっこいいの見つけちゃいました。




Changuito con Batá


これは2006年11月にヴェネズエラの Caracas で Changuito のアルバム "Telegrafía Sin Hilo" 録音に際して行われたライブ映像の模様。

何がかっこいいって、グルーブも勿論なんだけど、Changuito の身体の動きよね。
常に身体の中をリズムが流れていて、どこでどう感じているかわかる感じ。

CD は、Descarga.com によると Batá 3名も録音メンバーのあるので、たぶんこの曲も収録されているのではないかなぁ?
リリースはヴェネズエラの Cacao Music から2007年11月に。
内容は Salsa から Afrocubana まで、60年代後半のモダンジャズと Afrocubana のミックスもあるみたい。
YouTube 映像概要に「 Changuito 初のソロアルバム」って書いてあるけど、そういえば以前別のところで同じような文言を読んだことがあるような気がして、そのときも今までソロアルバム出したことなかったのかな?と意外に思った覚えがあります。道理で前回キューバで会ったときに会う度に「CD 買わんかね?」とうるさかったわけだ。


afrocubana | trackback(0) | comment(0) |


2008/09/19 (Fri)
 Roma


Roma desu.
raishuu kikoku.
ongaku ha Opera wo kikini iku kamo? tte kanji na dake desu.

全般 | trackback(0) | comment(0) |


2008/09/06 (Sat)
 今 P ビデオ上映会のお知らせ


超残念なことに私は行けませんが、こちらでも第一回目をご案内した超おすすめなイベントです。


前回永福町で行われた、第一回ビデオ上映会は
おかげさまで大好評をいただきました。
あれから5ヶ月、このたび第二回ビデオ上映会を
開催することになりました。今回は日曜のお昼です。

日時:9月14日(日)14時~17時

場所:永福和泉地域区民センター 第四集会室
     
東京都杉並区和泉3-8-18     
03-5300-9411
京王井の頭線「永福町」駅下車→改札を出てすぐの井の頭通りを渡る
→渡ったら右に直進→三浦屋を通り過ぎたら左に曲がる→少し先右側

参加費:500円くらい(今回はケータリングはありません。施設使用料)

※ 飲食は差し入れや持ち込みなどでと考えております。
   お店は通りに出ないとありませんので、ご注意を!


メニューは現在悩みちゅうで、これからいろいろ
プレビューして構成していこうと思っています。
ちなみに前回は・・・

☆グル-ポ・チェベレ・キューバ公演('91頃)
~キューバのテレビ収録のためのライブ。
☆アダルベルト・アルバレス・イ・ス・ソン('89)
☆キンテート・デ・ラ・トローバ('02)
~名曲「inspiracion a Santiago de Cuba」をうたう素晴らしいソンのバンド。
☆エストゥディアンティナ・インバソラ('05)
~もともとはじいちゃんだらけの バンドでしたが、
現在は若いメンバーも入ってます。
☆エリアデス・オチョア('05)
~ブエナビスタ・ソシアル・クラブでもおなじみのエリアデス・オチョアと
彼のバンド、クァルテート・パトリア
☆チャングイ・デ・ピピ('05)
~レベの故郷、グァンタナモの山中にあるカサ・デ・チャングイにて。
(グァンタナモ)
☆ノーチェ・トロピカル('92)

今回何を上映しようか、ほんと悩んでます。リクエストが多ければ
前回と一部カブってもいいのかとかも思いますし・・・。
そこで、皆様から、こんなのが見たいというというご意見があれば
参考にさせていただきます。(もちろんないものの方が多いに決まってますが)
よろしくお願いします。

全般 | trackback(0) | comment(0) |


2008/09/05 (Fri)
 


ご無沙汰してます。
今は Gorizia というところにいます。
イタリアの端の端、スロベニアとの国境まで歩いていける距離。もちろん、国境をまたいできました。

第1次世界対戦前はどちらもオーストリアだったそうで、スロベニアの駅はオーストリアっぽいそうです。なんとなく昔の映画に出てきそうな駅でした。すっごくのんびりした感じ。ノスタルジアを感じました。昔の映画の時代にヨーロッパにいたわけでもないのに。
街自体がゆったりのんびりした感じです。
でもユーゴスラビアがいくつかに分かれる際には、その歩いていける距離で戦争していたそうで、ライフルとかの音が聞こえたり、戦争見物にイタリア人がたくさん来たそうです。不謹慎な。。国境近くのピッツエリアには流れ弾が当たったとのこと。
今はもうスロベニアは EU の一員で、ユーロを使ってスーパーでお買い物してきました。

音楽とは関係ないのだけど、とりあえず近況報告。



timba | trackback(0) | comment(0) |


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